JR北陸本線 JR長浜駅(ながはまえき)歴史
北陸本線に属するが、1991年(平成3年)9月14日の田村駅 – 当駅間の直流化、さらには2006年(平成18年)10月21日の敦賀駅までの直流化により停車する列車の多くが京都・大阪方面に直通している。また、長浜駅 – 米原駅間は東海道本線米原駅 – 京都駅間と合わせ、愛称である「琵琶湖線」の区間に含まれている
1882年(明治15年)3月10日:官設鉄道の当駅 – 柳ヶ瀬駅間開業に伴い、一般駅として開業
1883年(明治16年)5月1日:関ケ原駅から春照駅経由で当駅までの路線が開業
1884年(明治17年)4月16日:柳ヶ瀬トンネルの完成に伴い(同年3月30日に完成)、当駅 – 金ヶ崎駅間が開業
1884年(明治17年)5月15日:日本初となる鉄道連絡船が、太湖汽船(現・琵琶湖汽船)の運航により大津港 – 長浜港間で就航
1889年(明治22年)4月16日:静岡駅 – 浜松駅間の開業に伴い、新橋駅(後の汐留駅) – 当駅間を結ぶ直通列車の運行を開始
1889年(明治22年)7月1日:分岐点(後の深谷駅)から米原駅経由で馬場駅(現・膳所駅)へ向かう路線と、当駅から米原駅の間を結ぶ路線が開業。分岐点(後の深谷駅) – 当駅間が休止となる[24]。太湖汽船での鉄道連絡が終了
1891年(明治24年)1月12日:深谷駅 – 当駅間が貨物支線として再開する
1895年(明治28年)4月1日:線路名称が制定され、東海道線の所属となる
1899年(明治32年)12月28日:東海道線貨物支線の深谷駅 – 当駅間が廃止される
1902年(明治35年)11月1日:線路名称改定により、北陸線の所属となる
1903年(明治36年)1月:新駅舎(2代目)が現在地に完成し使用開始
1909年(明治42年)10月12日:線路名称が制定され、改めて北陸本線の所属となる
1931年(昭和6年)11月15日:ガソリンカー「キハニ36450型」を使用した当駅 – 彦根駅間の区間運転を開始。ディーゼルカーによる小運転は戦時中の休止を挟んで当駅までが直流化される1991年まで続いた。
1950年(昭和25年):新駅舎(三代目)が完成する
1957年(昭和32年)10月1日:当駅を含む田村駅 – 敦賀駅間が電化され、ED70形機関車による電気運転を開始する
1975年(昭和50年)3月10日:山陽新幹線の博多駅までの開業に伴うダイヤ改正に伴い、北陸本線の特急を増発。当駅に特急「加越」が停車するようになる
1981年(昭和56年)8月1日:鉄筋コンクリート造平屋建ての駅舎に改築
1983年(昭和58年)4月5日:初代駅舎を活用した旧長浜駅舎鉄道資料館(現在の長浜鉄道スクエアの一部)が開館
1984年(昭和59年)2月1日:貨物(コンテナ・車扱貨物)の取り扱いが廃止され、旅客駅になる。貨物営業末期は、本線を挟んだ駅舎西側に1面1線の貨物ホームが設置されていた
1986年(昭和61年)11月1日:チッキの取り扱いを廃止
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる
1988年(昭和63年)2月5日:路線愛称の制定により、北陸本線の当駅 – 米原駅間および東海道本線の米原駅 – 京都駅間で「琵琶湖線」の愛称を使用開始
1991年(平成3年)9月14日:坂田駅 – 田村駅間に存在した交直セクションを当駅 – 虎姫駅間に移設(当駅まで直流化)し、新快速の運転区間が当駅まで延長される。併せて当駅の敦賀方に片渡り線を新設し、構内に直流変電所を新設
1995年(平成7年)8月19日:SL北びわこ号の運行を開始、当駅が停車駅となる(2021年に運行終了
1998年(平成10年)12月17日:自動改札機を設置し、供用開始
2003年(平成15年)11月1日:「ICOCA」の利用が可能となる
2006年(平成18年)10月14日:バリアフリー対応がなされた橋上駅舎(現駅舎)の使用を開始。駅舎の整備とあわせて東西自由通路が新設される
2006年(平成18年)10月21日:敦賀駅 – 当駅間が直流電化され、新快速の運行が敦賀駅まで延伸される
2009年(平成21年)7月1日:JR西日本アーバンネットワーク内における駅構内終日禁煙化に伴い当駅においても終日禁煙となる
2015年(平成27年)3月12日:入線警告音の見直しに伴い、接近メロディ導入
2018年(平成30年)3月17日:駅ナンバリングが導入され、使用を開始
2022年(令和4年)3月8日:みどりの窓口営業終了
2022年(令和4年)3月9日[要出典]:みどりの券売機プラス稼働開始